近年、自動車事故の件数及び事故死亡者数は減少傾向にありますが、自動車による社会的恩恵の裏には交通事故が消失することはかなわず、多くの事故被害者がでている現状があります。自動車事故による脳損傷で重度の後遺障害が残り、いわゆる「遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)」となられた方を抱えたご家族の精神的、肉体的及び経済的な苦しみには極めて大きなものがあります。中部療護センターはこのような障害をお持ちの方の治療と看護、その御家族への支援を目的として、独立行政法人自動車事故対策機構により全国で4番目の療護センターとして平成13年7月に開設されました。
当センターには3つの大きな使命があります。第一は患者様の回復に向けた治療です。リハビリテーションを主体とした治療により、外部からの刺激に対し、患者様の反応が良好となり、「遷延性意識障害」から脱却できることを目指しています。当センターにおけるリハビリテーションの特徴は「五感刺激療法」と呼ばれ、理学療法、作業療法、言語・嚥下(えんげ)療法に加え、マッサージ刺激療法、音楽療法、鍼灸治療、トランポリンやバランスボールなどを用いた運動刺激、アロマセラピーなど、全身の感覚器を適切に刺激し「脳の目覚め」を促します。第二は、来るべき在宅療養への移行を円滑に行うための御家族の在宅療養へ向けての心の準備、医療知識・技術の習得、家屋の改築等への支援です。当センターにおける3年間という限られた入院期間をご家族には在宅療養へ向けての準備期間として使っていただければ幸いです。第三は臨床研究です。当センターにはMRI,PET、SPECT、MEGをはじめとした高度医療検査機器が設置されており、遷延性意識障害の患者様が呈する神経画像の特徴的な所見が少しずつ明らかになってきました。しかし、どのような脳の損傷が「遷延性意識障害」を引き起こしているのかという機序については、未だ良く解っていません。これらの機器を用いて「損傷された脳」に科学の視点を入れ、そこから得られる情報を基に、患者様一人一人に合った治療・看護を目指しています。
当センターの理念は「愛情・熱意・科学」です。「遷延性意識障害の改善」というテーマは我々に課せられた極めて難しい大きな課題であり、現在も尚、治療効果の向上に向け、試行錯誤を繰り返しています。私たちは粘り強くこの難題に取り組むとともに、優れた専門知識・技術と愛情によって、質の高い医療・看護を提供できるよう努めています。当センターが一人でも多くの患者様やご家族のお役に立てれば、これ以上の喜びはありません。
センター長 矢野 大仁 Hirohito Yano, M.D., Ph.D., IFAANS 平成2年岐阜大学医学部卒業。平成12年岐阜大学大学院医学研究科博士課程修了。スイスチューリヒ大学留学。平成22年、岐阜大学医学部脳神経外科准教授。平成25年、同臨床教授。令和2年から中部療護センター副センター長。令和6年から同センター長、岐阜大学大学院医学系研究科医科学専攻神経統御学講座脳病態解析学分野教授(客員)。中部脳リハビリテーション病院脳神経外科部長、日本脳神経外科学会専門医、指導医、評議員、日本意識障害学会評議員、日本ニューロリハビリテーション学会理事。日本脳腫瘍病理学会評議員。医学博士。 |